読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新米ゲームPの白箱

新米のゲームPがアニメ・ゲーム・漫画・小説などを語ったり勉強するブログです。

作品の中に自分がいない。僕がアニメ考察記事を書かなくなった理由。

 

アニメの考察記事が書けなくなった

f:id:akiliver:20150219225719j:plain

 今期も色々なアニメを観てる。人気のFate-UBW-をはじめ、響け!ユーフォニアムだったり、プラスティックメモリーズだったり、本当に色々。10以上は観てるんじゃないかと思う。

 

 

 前期は、SHIROBAKOやデレマスの考察記事を書いてきたけど、今期は何の記事も書いていない。研究とか勉強が忙しいのもあるんだけど、凄く単純で、でも僕としては深刻な理由だったりする。

 

 

 その理由は、ただただ「アニメの考察記事が書けなくなった」ということ。理由か?とも思うんだけど、書いてないのは書けなくなったから、って言われたらまぁ理由っぽいよね?笑

 

 

 

 じゃあ、その書けなくなってしまった理由はなんなのか?

 

 

 それは、アニメが好きで、アニメが面白いからアニメを観て記事を書くのではなく、「記事を書くために」アニメを観るようになってしまったからだ。

 

 これが本当に辛かった...

 

 

作品を「外」から観てしまうことがとても辛かった

 何よりもしんどかったのは、アニメを作品の「外」から観てしまう、ということだ。作品の中に入りこみ、その世界観や主人公、他のキャラ達の気持ちを実感することに楽しみはあると思う。もちろん、伏線からのどんでん返しとかも面白さだけど、それは作品の中に入って初めて、自分がそのキャラのように体感してこそ面白いと思う。

 

 外から観ることを具体的に言うと、1カットに無理やり意味を見い出し考察したりすること。キャラの立ち位置や技法に「気付き」意味を見い出す。これは、アニメの楽しみ方の一つではあるけど、純粋に楽しんではいないよね。

 

 だって、作り手は僕らがそのシーンの面白さを無意識に感じられるように、意識的に面白さを盛り込んでいるわけだから。僕が「このシーンの技法を解き明かし、面白い部分を解明してやる!」なんて目線でみても、それは本当の作品の面白さを味わうことは出来ないだろう。

 

f:id:akiliver:20150114033128j:plain

 

 

 外から観ていると、「この展開は〇〇で張られた伏線を△△で上手く回収しているから凄い」なんて理屈っぽい考察しか浮かんでこない。感情的な楽しさとはまるで対局にあるようなもんだ。

 

 僕がそのキャラとしてその展開を味わうからこそ面白いんだと思う。「うわっマジかよ!聞いてねーよそんなの!どうしよ...もう終わりや...」なんて気持ちを味わってこそ面白いんじゃなかろうか!?違うか?いや、違わない!!!

 

 

 

 記事を書くとき、感想なら主観で書ける。その感想こそアニメを楽しんでる自分の本当の声なんだけど、それではPV数が稼げない。この人の感想は面白い!ってところまで自己ブランディングできているブロガーさんならいけるだろうけど、知名度0の底辺ブロガーが感想を書き綴ったところでそれはただの垂れ流しになってしまう。

 

 読者にはニーズがある。アニメ記事を見に来る人たちの多くは「自分には想像もつかなかった視点からの考察」や「理解しきれなかった部分の考察、説明」だったりを求めている。PVへとつなげるにはニーズを満たす必要がある。だから、僕は自分の感想や想いを最小限にとどめた「考察」記事を書いた。

 

 

 そして物語の外から体験しようとしたアニメは、凄く機械的に頭に残った。心に残るはずのものが、暗記の様に頭に残った。

 あのシーン凄く感動したよね、とか気持ちが出てくるんじゃなくて、あのシーンはこうなってこうなったよね、って展開・映像が先に思い浮かぶ。これは、そのアニメを「楽しんだ」と言えるんだろうか?

 

 

 

 

 ここまで読んで、アニメ好きとして終わっていることがあるよね。

 そう、それは僕がアニメ記事を書く理由が「PV数を稼ぐため」になってしまっていること。アニメを観る理由が「人に読んでもらって刺さりそうな記事を書くこと」メインになってしまっている!

 

 

アニメを楽しむよりも「記事を書く」ことがメインになってしまう

 記事を書くために、作品中のツッコミポイントや多くの人に受けそうなポイントを見つけ、そこについて深く考えて記事を書いていく。多数派のニーズと合致しやすそうなところを抜粋することでPVを狙う。

 

 

 なんてつまらない記事なのか!!!でも、PVは伸びる。ニーズを捉えているから。

 せめてもの抵抗に、自分が本当に感銘を受けたところなんかは、間か最後にちょっとだけ入れる。

 

 

 

 もうこんな記事を書くのは嫌だった。

 

 どうせ書くなら、僕の書きたいことや感じたことを書き綴りたい!そう思って書いたのが、デレマス8話「蘭子回」のときのこちらの記事。

 

 

akiliver.hatenablog.com

 

 

 僕の個人的な部分を垂れ流した。

 ニーズとか何も掴んでねーだろうなぁ、でもしらねーや書いてて楽しいから書くぜ!

 

 って感じで書いていたんだけど、ふたを開けてみたらこれまで書いてきた感想・考察系の記事の中でこれが一番伸びた。

 不思議に思ったけど、同時に納得もした。ニーズうんぬんの前にこの記事を「面白い」と感じてくれたからなんだろうね。

 

 

 外から見るって話を、アニメじゃなくて僕の記事に当てはめて考えると、僕が外から見た考察記事を読んでも「あぁ、たしかにあのシーンはそうなってそうなったよね」なんていう流れの再確認をさせただけなんだろう。外から見たアニメを、さらに外から観ることになる。それは、面白くない。

 

 

 でも、僕の感想とか思ったままのことを書いた記事を読むと、僕が中に入った作品を観てもらえる、つまりは「僕が僕なりに再構築したその作品」を観てもらうことが出来る。これは、読者にそのアニメの新しい物語・面白さを提供することが出来る。多分、この違いが結果に表れたんじゃないかなぁ、と思う。

 

 

物語の中に入ることが出来ないならそれはもう「アニメ」として観る意味がない

 アニメとして楽しむなら、やっぱりその作品の中に入らないと!

 何事も外側から観て楽しむなんて絶対に嫌じゃない?気になるあの子と付き合いたいけど、気付いたら他の人と付き合ってた!なんてことあるよね。

 自分は色恋沙汰に参加することなく、外野として彼女とその彼氏のストーリーを見せられている感じ。当事者になれないなら、意味がない!まさにそんな感じだと思う。(違うか...?)

 

 

 アニメでも同じことのはず!

 例えば、「とらドラ」で、作品の中に入って竜二や大河、あーみんの立場になり、または彼らと接しているキャラの気持ちになるからこそ、「私も仲間に入れてよ...」ってあーみんの台詞が響くんじゃないかな。自分があーみんの立場になると、心の底から切ない気持ちを絞り出すようにこの言葉を言っている気持ちになるだろう。僕はそうだった。

 

f:id:akiliver:20150604024545j:plain

 

 それが作品の外からだと、「あーみんは大河たちと同じスタートラインで竜二と会いたかったんだろうな。そしたら、付き合えるかもしれないし今の悪友のような立場kあら抜け出せるのかもしれない」なんて淡白に、部外者のように考えることだろう。

 

 

 

 なんだそれ!!!魂で楽しめや!頭で楽しむんじゃねぇよ!

 

 

 偉い人は言いました!!!

 「考えるな、感じろ」

 

 と!!! byブルース・リー

 

f:id:akiliver:20150604024654j:plain

 

 

 やっぱり書きたいなぁ、思った時に限る!

 他の人のデレマスとかSHIROBAKOの考察を読んでて、感心したり、なるほど...と思う記事には出会っても、「感動」するものにはあまり出会えなかった。

 

 

 カット考察とかは、そういう見方が出来るってすごいな。この人は本当にアニメそのものが好きなんだろうな。って思ったけど、未央をシンデレラに見立ててデレマスのシンデレラとのリンク部分を探したり、未央の性格とか考え方を考察したやつとか、みゃーもりと絵麻の生活から、制作進行とアニメーターの立ち位置とかについて考察して無理やり持って行ったような記事が人気なのを観て、なんとも言えない気持ちになった。

 

 

 もっと素直に物語を楽しんだらいいのに...って思ったよね。

 

 

 そして、それは自分自身にも言えた。

 

 

 やばい、今週まだ記事更新してない。早く書かなきゃ。アニメの感想記事はフロー型。情報の新鮮さが武器なんだから。

 

 

 そんな気持ちで何度も巻き戻して同じ話を観てネタを探す。全くアニメが楽しめなかった。

 

 

 

 あの蘭子回から、ほとんど考察記事は書かなくなった。

 

 こんなこと感じたからみんなにも共感して欲しい。こんなバカみたいなこと考えたから書きたい!

 

 こんな気持ちが湧いたときにだけ書こうと思った。アニメもガッツリ楽しめるし、そのあと上手く言葉で表現できないもやもやっとした感想を文字におこすことで自分自身把握することが出来る。

 

 

 

 

 今回、ユーフォニアムの9話が凄く心に残ったから、9話の「感想」記事は書くと思う。それは、自分で書きたいと思ったし、みんなと共感・共有したいと思ったからだ。

 

 

f:id:akiliver:20150604024803j:plain

 

 

 ちなみに、これまでの敬語文体からこのタメ語になったのは、自分のキャラというか、まぁやっぱり「こう書きたい!」って気持ちを優先したからなんすよね!

 

 こっちの方が、書いてて楽しいよやっぱ。

 

 

 それじゃ!