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新米ゲームPの白箱

新米のゲームPがアニメ・ゲーム・漫画・小説などを語ったり勉強するブログです。

「絶望を望む」という矛盾こそが「進撃の巨人」の爆発的ヒットの一因ではないのか

 なぜ希望が無いことを望むのか?

 絶望と言う単語を辞書で調べると、

 絶望=希望が無い様子。

と書かれています。漢字を見ても、「望み」が「絶たれる」と書きますよね。

 絶望というものは、望みが無い状態を指すんです。

 しかし、アニメなどのフィクションを評するとき、私たちは「この作品は絶望感が良い」などという訳の分からない評価を下します。

 絶望感がいい。つまり、絶望が作品の味を出しているというその評価は、私たちが絶望を、望みが絶たれている状態を「望む」という凄まじい矛盾を引き起こしているんです。

 

 絶望を望む。わけがわからないよ。

 そう、わけがわからないよ。でおなじみのキュウべえが登場するまどマギ、この作品への評価の一つとしてよく聞くものもまた、「絶望感が良い」というものです。

 考えれば考えるほどわからなくなってきますね。笑

 

 そこで私は「絶望」に、わけがわからない解釈を施しました。

 それは、絶望というものは「現実」では「絶」対に「望ん」ではいけないことであるのに、誰もが「絶」対に「望ん」でしまうものだ、というものです。

 この意味をはらむ「絶望」を叶えてくれる場所。それこそが非日常の最たる世界である、フィクションの世界である、と思います。

 

 ここまでの私の超次元論、みなさんついてこれていますか?笑

 要約すれば、絶望なんて普通は望んではいけないことを、人間は心のどこかで起こって欲しいと願っていて、その禁断の欲をフィクションの世界で満たしているのではないか、ということです。

 

 なぜそう思ったのか?それは最近のアニメや漫画において、「グロさ」のブーム化が進んでおり、その「グロさ」がもたらす「絶望」こそが大ヒットを生み出す一因となっているのではないか、と思ったからです。

 

 「グロさ」がもたらす絶望

 ファッション化されたような「グロさ」。進撃の巨人の爆発的な大ヒットや今年では東京喰種の流行などに見られると思います。

 今回は進撃の巨人にスポットを当てて、読者がどれだけ「絶望」というものをフィクション世界に求めているのかを紐解いていきます。

 

 本当に、進撃の巨人ほど禁断の欲をくすぐっている作品はないと思います。

メインキャラの死や、メインキャラに近いキャラ達の死がもたらす悲しみによる絶望感。巨人に侵略される人間の絶望。メディアの煽り文句にだって、絶望を「体感」したか。なんて言葉が使われます。

 

 エレンの母が食べられるシーンや、リヴァイ班全滅のシーンなど凄惨で目も当てられないような描写と前後の組み立て。そんなむごいシーンなのに読者は目を離せません。グロい、エグイ、悲惨。そんな声を上げながら「喜々として」友達と語るわけです。

 「進撃の巨人って面白いよね!あの絶望感とグロさがいい!」

 そして、次第に考え始めます。次は誰が死ぬんだろう、と。

 エレン達からしたらたまったもんじゃありません。目の前で仲間が死に、いつ巨人に滅ぼされるかわからない。しかし、私たちは彼らの気持ちなんてお構いなしでその絶望を俯瞰的に、ときにはエレン達の目を通し「体感」している気になって、絶望することを楽しんでいます。

 

 実際、考察などを見ると、どれもキャラを死にこじつけようとしているものばかりでした。

 ~という描写があったから〇〇は死ぬだろう。

 あれは完全に〇〇の死亡フラグ

 神にでもなったつもりかと。それくらい、この作品で読者はキャラが死ぬことを、絶望することを楽しんでいるんです。

 約4000万部という数字からも見てとれると思います。

 

 いや、伏線とかそういったところが面白いんだ!という声もあるでしょう。もちろん、そうでしょう。というか、漫画なんだしその側面はあって当然です。

 色々な評価がかすんでしまうほど、進撃の巨人は「グロさ」は読者が「望む」形の「絶望」を与えているんです。

 「グロさ」がもたらす甘美とも感じるくらいの「絶望」。あくまで、序論に書いたフィクション的な「絶望」の域からは逸脱せず、人々が望み得るレベルのものを提供する。そんな「グロさ」惹かれて多くの人達ファンとなっているのではないでしょうか。

 

 フィクション的な「絶望」を望む潜在的な欲求。これを満たした風潮こそがアニメやゲームにおける「グロさ」のファッション化なのではないかと思います。そしてこの絶望を望む人の多さがよりブームを加速させ(東京喰種や亜人のヒット)、加速したブームがまた新たに多くの人達を取り込む。そんなグロスパイラル(笑)のようなものが形成されているかのように思いますね。

 

 やっぱり、人間の欲求に訴えかける作品は強いんだろうなぁ。